SNSが発達して、いろんな情報を手軽に知ることが出来るようになりましたね。
とても便利で、助かる人が増える反面、そのせいで苦しむ人も増えたと感じます。
アダルトチルドレン関連の情報も、そのひとつです。
「こんな事をしたら、子どもの心に傷がつき、取り返しのつかないことになる」
「〇〇な親に育てられると、子どもが将来苦しむことになる」
「あなたが生きづらいのは、親が〇〇だったせいですよ」
これらの情報を目にして、焦りや不安を強めているお母さんたちが、本当に多いですね。
…まあ、私自身、その類の発信をしている一人なわけで。子育ての不安についてご相談をいただく度に、自分の責任の重さを痛感します。
今回も、インスタでいただいたご相談を、紹介いたします。
はじめまして。 はじめてメッセージさせてもらいました。
投稿、いつもとても参考になっています。
私は、30代で、6歳の息子がいます。 シングルマザーです。
もう何十年も生きずらさを感じながら生きてきて、ここ数年で体調不良も悪化したため、カウンセリングを受けたり、今もサポートを受けている状態です。
内観する中に、色々少しずつ成長をしてきていますが、ほんとにまだまだで。
心配なのは、息子です。
私がそもそもこんな不安定な状態なのと、恐らく元々母性が薄く、
そこに息子は軽度の知的障害があり、一刻も早く親子関係を良くしなければ、息子はつらい人生を送ることになるのではないかと焦っています。
なんとかしたいと思いながら、もう6歳です。
分かってはいるけど、すぐに変われない私。
もっとちゃんと愛情を与えてやらなくては。このままでは、自己肯定感の低い、愛を知らない、そんな子になってしまう。
大丈夫でしょうか。間に合うでしょうか。
色んな情報をみればみるほど、息子の今の状態や将来が悪いようにしか思えなくて。愛着障害とか。
何からしていけばいいのか…どうしたら親子共々苦しまずに共に生きていけるのか。
そもそも、こんな私とこのまま居ていいのか。
もう手放した方がいいんじゃないかとさえ考えてしまいます。
話がごちゃごちゃしておりすみません。何かお気付きの事があれば、アドバイス頂けますと助かります。
結論から先にお伝えすると
今、質問者さんに一番必要なことは「自分の罪悪感と向き合うこと」だと、私は感じました。
健康なお母さんのように、エネルギッシュに動けない自分
エネルギーが足りなくて、笑顔の時間が少ない自分
本当はめちゃくちゃお子さんの事を愛しているのに、わかりづらい態度しか取れない自分。
そんな、「自分の思い描く【普通の母親】になれない罪悪感」と、向き合う事ではないでしょうか。
罪悪感は、私たちに「自分は害である、毒である」というセルフイメージを刷り込みます。
この感覚があると、自分と関わることは、誰かを不幸にすることだと思い込んでしまうのです。
そうするとどうなるか。
大切な人ほど、自分から遠ざけようとしてしまうんです。
母性がないわけじゃないんです。
愛してるからこそ、離れなくちゃと思ってしまうんです。
深層心理でのはたらきなので、頭で「大切な人を遠ざけよう」と考えるわけではありません。
頭で自覚できるのは「なんとなくイラっとする、モヤっとする、そばにいたくない感じがする」のような感覚です。
ですから、罪悪感が強くなればなるほど、余計に母性が薄くなったように「感じる」のです。
「感じる」だけで、それは事実ではありません。
そして、世間一般のイメージ通りの母親像をやれない自分に、さらに罪悪感が増す…の悪循環が起こっているのだと想像します。
私の経験を例としてお伝えすると、私は「娘が近寄ってくるとイラっとする、顔を見たくない」という経験を何度かしています。
基本的には、甘やかしすぎ、可愛がり過ぎ、な母親なのですが、そういう時期があるのです。
最初は娘が高校生の頃でした。それまでの過干渉の反動で無関心になってしまったんです。確か、1年間ぐらいは、よそよそしい態度をしていた気がします。
「イラッとする」は、罪悪感が刺激されたサインです。
過干渉をしていた自分や、うつ病になって満足に働けない、家事が出来ない自分への罪悪感だったのだろうと思います。
子供を愛しすぎて、罪悪感が刺激されてしまうんですね。
今でも、軽い「イラッと」はちょこちょこちょこあります。
質問者さんは別に「イラッと」はしていないかもですが、似たような事例として参考にしてもらえれば幸いです。
話を戻しますが、質問者さんにオススメしたいのが、最初にお伝えした「罪悪感を軽くする事」です。
具体的には「満足な子育てが出来ない自分をあきらめる」ということです。
今の自分にできる精一杯をするしかないです。それ以上は、どんなに努力しても、自分に厳しくしても、出来ないもんは出来ないわけで。
もう、いいお母さんになることは、諦めてしまいませんか。
私は、子育ては、親だけが抱えるものではないと思っています。
それは、社会に助けてもらうって意味もありますが、それより何より「子ども本人にも協力してもらう」という感覚があってもいいと思うのです。
自分が出来る精一杯をして、それでも足りなかった部分は「子どもの課題」として、子どもに背負ってもらうしかないんですね。子供には申し訳ないけども。
私たちがするべき精一杯とは「出来る限り引き継ぐ課題を最小限に抑えるよう努める」しかないと思うのです。
どんなに怖くても、ジタバタもがいても、自分以外の誰かに変身することはできないんですから。
誤解を招く表現になってしまうかもしれませんが…
この際、「昔は辛かった」って、将来お子さんに言われる覚悟をするくらいの心持ちでいた方が、幸せな子育てが出来ると思います。
罪悪感は、罪の意識ではありますが、私は、ある意味「罪を背負う覚悟」が出来れば、深刻化しない感覚だとも思っています。
精一杯子育てしたにも関わらず、毒親扱いされるかもしれない覚悟。
子供が葛藤するのを目の当たりにして、自分が辛い思いをする覚悟です。
世間の評論家たちは「子ども時代についた心の傷は、取り返しがつかない」のような事を言いますが、私は、そんな事ないと思っています。
大人になってからで遅いのなら、私たちカウンセラーは何の意味があるのでしょう。
私自身はもちろん、大人になってから自分の心と向き合い、幸せな人生を手に入れた人をたくさん見てきました。
何歳からでも、生きづらさを克服することはできます。
私たちの子どもだって、例外ではありません。
何歳からでも取り戻せるんです。
子どもが成人した後も、必要に応じて、親がサポートしてあげてもいいと思うのです。求められる範囲で、過保護にならない程度に。
今から未来の罪を防ごうとするより、将来、その都度、自分の罪を受け入れて償っていく子育ても、あっていいと思います。
これぐらいの開き直りがあった方が、罪悪感も軽くなって、お子さんと楽しく過ごす時間が今より増えると、私は思うのです。